大連で最大級の日本語情報サイト!大連に滞在中の日本人の方のための総合サイトです。
旅行情報 自然景観 日本旧跡 観光コース 大連古跡 旅行文化 旅行社 大連特産 乗りもの 中国名勝
大連物語
大連名人
大連方言
ご好きな物語の入力
旅行文化
01.大連で風邪を引いた???
  11月に入り既に数回の寒波に見舞われて大連は真冬日が続いていた。真冬日といっても日本の真冬日とは寒さが違っていた。朝晩の冷え込みはかなり厳しく、零下10度に達する勢いだった。風が強い日には体感気温は更に下がり手を口に当てて呼吸をしないと肺に空気が入っていかないほど冷たく感じられた。
   しかし天気だけはよかった。大連は雨が少ない。従って雪もほとんど降らない。たまに降っても粉のような雪がうっすらと道路を覆う程度で、トラックやバスに煽られて埃に紛れていつのまにか無くなってしまっていた。いつも澄んだ空気で空が真っ青だった。それから一年中、特に冬は風が強かった。強い風が電線やビルの間を吹き抜けていく時に切ない音を立てた。その音
   工場は着々と工事が進んでいた。建物の概観はほとんど出来上がり、重機や設備の搬入が行われていた。この頃から工場の敷地内にある「現場事務所」にもちょくちょく顔を出すようになった。プレハブに板張りの現場事務所は寒かった。暖房器具はあるものの、如何せん寒すぎて部屋全体を暖める事が出来ずにいた。だから皆、表と同じような格好で仕事をしていた。ただ、窓際の日だまりだけは温かかった。
   現場事務所の周りには工場建設に関わる労働者が住んでいた。作業場兼寝床で厨房なども揃っていた。煉瓦で出来た平屋で何百人という労働者がここで寝起きをしていた。彼らは慣れているとはいえ、煉瓦
   朝早く現場に行くと煉瓦造りの建物のあちこちから白い煙が立ち昇っていた。暖房だろうかそれとも朝食の支度だろうか?舗装されていない泥の道がタイヤの轍をそのままにしてカチカチに凍り付いていた。薄く氷の張った水溜まりをバリバリと歩いていると、あちこちで朝飯を食べる姿が見えた。ソフトボールよりも大きい特大饅頭とアルミの弁当箱に入れられた一品のおかずを食べる姿があちこちで見受けられた。饅頭とアルミの弁当箱からも白い湯気がもくもくと立ち上っていた。その姿がたまらなく美味しそうに見えて思わず生唾を飲み込んだ。
   大連に来てから1ヶ月以上が経っていた。緊張も次第に緩んでこちらの生活にもだいぶ慣れてきた。別に気が緩んだ訳ではないが、体調を少し崩し気味にしてしまった。折りからの寒さも手伝ってなのだろうか?僕は熱を出す前に必ず同じ前兆が現われる。喉がいがらっぽくなって、唾を飲み込むと喉が痛くなるのだ。この前兆が出たらほぼ100%熱が出てダウンしてしまう...不安に思った僕はたくさん食べてたくさん寝る事にした。しかし極寒の現場事務所と段々と忙しくなってきた仕事は僕の体力を少しずつ奪い取っていった。
   ある朝目覚めると、体が思うように動かなかった。だ、だるい...熱を測ると37度ちょっとあった。まだ、大丈夫...そう言い聞かせて仕事に向かった。こんな時に限って現場事務所との往復をしなければならなかった。無理はしてはいけないと思ってはいたが段々と仕事が忙しくなってきていたので皆に迷惑をかけてはいけないと思って、ついつい頑張ってしまった。これがいけなかったのだろうか?後でもっと迷惑をかける事になってしまった...
   次の日も状況はあまり変わらなかった。だるい体に鞭打って会社に行った。風薬の睡魔と時々襲ってくる恐ろしい寒気に体力は限界を超えてしまった。午後になりひどい寒気に襲われた。これ以上ここにいても何も出来ないし、椅子に座っている事自体辛くてたまらなかった。体調が悪い事を上司に知らせ、ふらつきながら海浜花園の部屋まで返って来た。体は悪寒に震え立っているのが辛かった。そのままベッドに潜り込み、体を丸めて悪寒と闘った...
   トイレに起きる以外は何も出来なかった。熱は下がる気配を一向に見せず、逆にどんどんと上がっているような気配さえ感じられた。ただでさえ病気になると心細いのに知らない土地でこんなに熱が出て...医者にもかかれず...日本からもってきた風薬もそろそろ底をつきそうだ...こんな事ばか
   何回目に目が覚めた時の事だろう。部屋の中が暗かった。カーテンは締め切りだったし、電気もついていない。会社を早退してから何時間、いや、何日経ったのかも分からない...起き上がる気力もなかった。何時ごろなのかも分からなかった。ただ、薄暗い天井を見つめてぼんやりとしていた。熱は相変わらず高いようだった。寝返りをうつ気力も失っていた。また、不安が込み上げてきた。このまま熱が下がらないような気がしてきた。情けなくて、不安で泣けてきた...
   その時部屋のドアをノックする音が聞こえた。誰だろうと思ったが、声が出なかった。そのままド
   この食事をして安心したのだろうか。それからぐっすりと眠る事が出来た。しばらくすると大汗をかいた。何回か汗をかいた後に段々とすっきりした気分になってきた。喉が無性に渇いたので、熱いお茶を何度も啜った。
   翌朝、熱は下がっていた。同僚に聞くと僕は実に24時間以上寝ていたそうだ。早退してから許さんと王さんが来てくれるまで丸1日朦朧とトイレに起きるだけの生活をしていた様だ。僕は会社に行く前に服務中心へ行き許さんと王さんにお礼をいった。本当は心細かった事、とても嬉しかった事、あの食事のお陰で熱が下がった事...たくさんお礼したかったのだが、口をついて出てくるのは「謝謝」しかなかった。僕は何十回かの「謝謝」をいって服務中心を後にした。

 お問い合わせ |  相互リンク サイトマップ |  ヘルプサポート 広告掲載ホームページ作成
本サイトはYAGO公司が技術を提供しています