ニ龍山堡塁
龍山堡塁は清朝政府により甲午戦争の勃発前に建造された。松樹山堡塁、東鶏冠山北堡塁とともに旅順の三永堡塁と呼ばれている。他の堡塁と多少異なり、地下埋没式となっており、地面を掘り込んだ外壕の要所に、コンクリート造りの銃眼が顔をのぞかせる構造になっている。南側の外壕にのみ、コンクリートと石積みの壁がある。二龍山堡塁は1904年12月28日に日本軍によって地下から爆破され、その日の内に占領された。